吉永一貴がW杯優勝!経歴や顔の傷・母親や叔母のエピソードが凄い!

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ショートトラックのW杯で日本男子では17年ぶりの優勝を決めた吉永一貴選手!

実は、吉永一貴選手の親族が凄すぎでサラブレッド状態w
イケメンの顔の傷の原因と衝撃のエピソードについてもまとめていきます!

吉永選手がW杯優勝

スケートのショートトラックW杯がカナダのカルガリーで男子1500mが行われました。

吉永一貴選手が、日本男子では17年ぶりとなる優勝を果たしました!!!

若干19歳です!

おめでとうございます!

7人で争われた決勝では、12週目で吉永選手がトップに立ち、そのまま首位を守って2分17秒で初優勝を飾っています!

吉永一貴の経歴

出身:愛知県尾張旭市
年齢:1999年7月31日 19歳
身長:173cm
学歴:名古屋経済大学市邨高校

吉永選手のお母さんもスケートの選手ということもあり、スケートを始めたのは4歳の頃だそうです。
競技自体は、小学3年生のときに始めたそうで、きっかけは2年生のときに地元で開催されたショートトラックの大会を観戦したことでした。

吉永選手が自ら『やってみたい』と頼んだそうです!
血は争えないですね笑

本格的にショートトラックに取り組み始めたのは、中学2年生になってからだと言いますが、中学3年生で出場した全日本距離別選手権1500mで初優勝しています。

その後も数々の大会で優勝を飾っています!!!

吉永一貴の母親が凄い

カナダでW杯優勝の快挙を成し遂げた吉永選手ですが、実はお母さんも元ショートトラックの選手だったそうです!

お母さんは加藤美佳選手で、1970年代に活躍した名選手だったそうです。
さらに、吉永選手の叔母さんにあたる、美佳さんの妹の美善さんも選手だったそうです!

まさに、吉永選手はスピードスケート界のサラブレッドですね!!!

そんなお母さんの吉永(加藤)美佳さんの経歴が凄いんです笑

1980年全日本ショートトラックスピードスケート選手権大会 優勝
1980年ISUショートトラック選手権 総合2位
1981年全日本ショートトラックスピードスケート選手権大会 優勝
1982年全日本ショートトラックスピードスケート選手権大会 優勝
1982年世界ショートトラックスピードスケート選手権大会 総合4位
1983年世界ショートトラックスピードスケート選手権大会 総合3位

全日本での優勝と世界大会での2度の優勝というトップクラスの成績を収めています!

ちなみに、叔母の美善さんはスピードスケートの日本代表として、1980年レークプラシック五輪に出場しています。
また、第1回世界ショートとラックスピードスケート選手権大会では総合優勝を飾っています!

お母さんと叔母さん凄すぎです笑
そんな、人達の遺伝子を受け継いだ吉永一貴選手も今回のW杯で優勝しています!
やはりDNAは抗えないですね。

吉永一貴の顔の傷の原因は?エピソードも凄い!

吉永選手の右頬には、割と大きな傷跡がありますよね。

実はこの吉永選手の顔の傷は、吉永選手が練習中に転倒した選手のシューズの歯が刺さったことが原因だそうです。

恐ろしいですよね!
スケート靴の歯が顔面に・・・怖すぎ

この怪我で10針以上も顔を縫うことになった吉永選手。
吉永選手のお父さんは、スケートを辞めさせようと思ったほどだそうです!

一歩間違えれば、失明です。
そう考えるのが普通だと思います!

その一方で、吉永選手のお母さんは『足じゃなくてよかった!練習を休まないですむ』と思ったそうです笑

さすがは、全日本を3度制し、世界選手権も2連覇している名選手ですね!
一般人とは根性も考え方も違います笑
だからこそ、世界で活躍するアスリートなのでしょう!!!

世間の声は?

SNSでは記録よりもイケメンだ!って人が多い笑

まとめ

ショートトラックの吉永一貴選手がカナダで行われたW杯で、日本男子では17年ぶりの優勝を果たしました!

まだ19歳という若さでW杯優勝という快挙です!

その背景には、世界大会で優勝した記録を持つお母さんや叔母さんの影響があったのではないでしょうか?

やはり、スポーツには遺伝の力が大きく影響しているのでかもしれませんね!

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